「覚悟は決まったかい?」


彼はふわりとマントを翻し、のもとに降り立った。


「覚悟って何の覚悟よ?」


愛想無くが彼の顔を見ると、


「もちろん、僕の嫁になる覚悟だよ」


当然だろ、と彼は笑う。

が彼―――ハオに二度目に出会ったときのことだった。






『キライ キライ 大スキ!』






ハオが初めての前に現れたのは、が闘技場の通路を歩いていた時のことだった。

葉の応援のために来ていたは、たまたま一人で歩いてたところを彼に出くわした。

彼もまた一人だった。

シャーマンファイトに出るものだったら誰もがその名を知っている、今大会の優勝最有力候補。

その姿を見た者で恐れを抱かないものはいないだろう。

しかしは彼の顔をちらりと見ただけで、興味なさそうにハオの横を通り過ぎた。

その態度が逆に、ハオの関心を惹いた。


「ねぇ」


の後ろ姿に声をかける。

振り返った彼女に、


「君は僕が怖くはないの?」


興味深げにそう問う。


「別に。何で?」


返事をするのも面倒だとばかりに答えると、逆にハオに問い返した。


「僕のことを知らないわけじゃないんだろ?僕は強い。

 僕がその気になれば、君を燃やしてしまうことなんてあっというまなのに」

「それで?燃やすの?あたしを」


はあくまでも態度を変えない。

勇気があるのか、それともただ単に無鉄砲なだけなのか。

このような人間に、ハオは今まで出会ったことがなかった。


「第一ね、あたしと同い年くらいの男の子を怖がれって言う方が変じゃない。

 見るからに強面のお兄さんならともかくさ」


そう言って腕を組むを見て、ハオはさもおかしそうに笑い出した。

彼はひとしきり笑ってから、ずいと顔を近づけてこう言った。


「気に入った。君は僕の嫁にふさわしい」

「嫁ぇ?この年で何言ってるの」


はまるでハオを相手にしていない。


「年なんて関係無いさ。必ず僕の嫁にしてみせる」


ハオはそう断言すると、風のようにの前から消えた。

それからというもの、ハオはことあるごとにの前に現れては同じことを言った。


「僕の嫁にならないか」と。


は彼が眼中にない。

しかしハオはそれでもめげずに何度ものもとを訪れた。

簡単には手に入らない。

だからこそ余計に欲しくなるもの。

つれないの態度は、ハオを一層燃え立たせた。

毎日毎日来るものだから、とハオとのやり取りは習慣化していた。


「そろそろ来る頃だと思ってたわ」

「待っててくれたのかい?嬉しいな」

「んなわけないでしょ。もう、いつもいつもしーつーこーいー!!」


飽きもせずに同じやり取りを繰り返し、何だかんだでが無視を決め込むことは無かった。

いつだって同じように迎えてくれるに、ハオは安らぎに似た感情を見出していたのかもしれない。

そんな日々がしばらく続いていた。





それはただの予感だった。

今日はハオが来なかった、という以外根拠なんて何も無い。

ただ嫌な予感がして、は駆け出していた。

走って、走って、根拠の無い予感でだだっ広い原っぱに出た。

そこで彼女は目の前の光景に声を失った。

あれは誰?

長い髪を広げ、横たわっている人間は。

血まみれのマントに、身を包んでいる少年は。





嘘。嘘だ。

そんなはずあるわけない。

だって彼は未来王で。

誰よりも強いと自分で言っていて。

ついこの前も自信たっぷりに笑っていたではないか。





は夢中で横たわる少年のもとに駆け寄った。


「ハオっ、ハオ・・・っ!!!」


ハオは穏やかな表情をしていた。

身体もまだ温かくて。

まるでただ寝ているみたいで。

それなのに。

それなのに。


「ハオ!ねぇ嘘でしょ!?目を開けてよ!ハオっ!!」


いくら呼んでも返事はない。

こんなことになるのなら。

つまらない意地を張らなければよかった。

彼の気持ちに答えてあげればよかった。

後悔の想いが胸に溢れてくる。

ハオの笑顔が、声が言葉が甦り、涙が零れた。


「ハオ・・・ハオ・・・っ」


喉の奥から必死に声を絞り出す。


「ハオお願い・・・返事をして・・・。何でも言うこと聞いてあげるよ?

 あんたの望み・・・何だって叶えてあげるから・・・

 だからお願い、目を開けてよぉ・・・っ!!!」

「本当だね?」


声が聞こえた気がした。


「え、嘘・・・」


恐る恐るハオの顔を覗き込む。


「今日から君は僕のお嫁さんだ」


今度ははっきりと、確かにそう聞こえた。

いつもの自信に満ちた微笑みを浮かべて。

ゆっくりと起き上がった。


「ハオ・・・何で・・・」


は呆然とハオの顔を見つめた。


「だって・・・少しも動かなくて、血だらけで倒れてて・・・」

「ああ、コレ?ほとんどが返り血。僕自体は大した出血はしてないよ。

 ちょっとてこずったけどね。身体がしばらくいうこときかなくて」


自分の身体を見回してから、頬についた血を拭った。

拭き取られた部分には傷は無かった。


「それよりも、約束は守ってね?」


笑顔のまま顔を近づけてくるハオに、はやられた、と眉を寄せた。

あたしを騙したのね。

ハオの嘘つき。

こんなのって卑怯だわ。

あんたなんか大嫌い。

頭の中でハオを罵るあらん限りの言葉が巡った。

しかしどれもが口をついては出て来なかった。

悔しい。

でも確かに自分の気持ちに気付いた。


「ハオっ!」


はハオの首に両腕を絡め、思い切り抱きついた。

勢いではハオごと倒れこむ。


「良かった・・・っ、ハオっ、ハオ・・・っ」


ぼろぼろと泣きながら、まるでうわ言のように繰り返す。


「ごめん・・・もう大丈夫だから・・・」


ハオが優しくの背をさする。

日は暮れ、辺りは闇に包まれようとしていた。

しかし二人は、互いの温もりに寄り添うように、いつまでもそうしていた。









*後書き*

3300HITのすずめさんのキリリクドリでした。
誰にハオさんがやられたんだとか不明。
肝心な所の描写が抜けてます;
こう言ったヒロインが私は好きなので、こんな感じのになりました。
それではすずめさん、ご希望に添えたか判りませんがお受け取くださいませ。