『初恋』



「やっぱり」


耳元で声が響いて、驚いた私は椅子から転げ落ちてしまった。


「ごめんごめん。だいじょーぶ?」


そう言って誰かが手を差し伸べる。
聞き覚えのある男の子の声。
視界がぼやける。
今の状況がわからない。


「眼鏡、取った方がいいんじゃない?」


言われて初めて、私は眼鏡をしていないことに気がついた。
ここは、生徒会室。
今日は委員会がないので、誰も人が入ってこないはず。
そう思った私は、試験勉強をするのにもってこいだと一人で机に向かっていた。
それなのに気がついたらうたた寝をしていたようで、
おまけに何故か眼鏡が外され、目の前に男の子がいる。


「誰・・・・・・?」


眼鏡をしていないと顔がぼやけて、相手が誰なのかわからない。


「そんなに視力が悪いんだー。俺だよ、俺」
「っ・・・・・・!!」


いきなり目の前に迫った男の子の顔。
くっつきそうなくらい近かったから、思わず心臓が跳びはねた。


「真鍋君・・・・・・っ!!」


目の前の顔は、同じ生徒会役員の真鍋翔のものだった。
同じ役員ながら、いつも明るく賑やかな彼と、おとなしい私はあまり話をしたことがない。
そんな彼が何故ここにいるのだろう。
何で私の眼鏡を持っているんだろう。


「眼鏡・・・・・・返してっ」


とりあえずそれだけは言うことができた。
眼鏡がないと相手の顔が見えないし、いろいろと不便だ。
何より眼鏡をとった顔なんて学校で晒したことが無いから、とても居心地が悪い。
それなのに。


「だーかーら、眼鏡取った方がいいって」


私が眼鏡に手を伸ばすと、彼は私の手が届かないよう眼鏡を持つ手を高く上げた。


「ちょっと」


何するんだろう、この人は。


「返してって」
「それに前髪も切ったら?」


余計なことを次々と。


「顔出さなきゃもったいないって。可愛いんだから」


とんでもないことを、言ってくれる。


「え・・・・・・?」


どくん、また心臓が跳ねた。
聞き間違いじゃないだろうか。
可愛いって、そう聞こえた。
だって私、今まで褒められたことなんてなかった。


「俺的には、はショートが似合うと思うんだけどねー」


自分に自信が無かったから、髪を伸ばして、なるべく顔が隠れるようにしていた。
長すぎる前髪は正直うっとうしかったけれど、一度伸ばし始めたら何だか切ることが出来なくなった。
そんな私のことを、彼は私以上によくわかっているみたい。
もちろん彼は本当は、何も考えてないのかもしれないけれど。
ただ、私にこんなこと言う人なんていなかったから、驚いた。
焦って、戸惑って、何て言ったらいいのかわからなくて。
そうしたら、また彼は私の前髪を勝手に上げて言うのだ。


「ほら、やっぱりこっちのが」


可愛い、彼がまた言った。
三度目に跳ね上がった心臓。
情けないことだけど、私は恋なんてしたことが無かったから。
その瞬間、いともたやすく、私は恋に落ちてしまった。


「あれー、顔赤くない?さっき変なとこ打った?」


赤くない。赤くない。赤くない。
自分に言い聞かせて、心臓を落ち着かせて。


「ねー、ー?」


そんな風に、私の名前を呼ばないで。


「もしもーし、聞いてますかー?」
「私、もう家に帰るから!」


やっとのことでそれだけ言うと、不思議そうな真鍋君を残して慌てて部屋を出た。




ただ、可愛いと言われただけ。
何て単純な私。
何て単純な恋。
けれども、遅い初恋は、すでに私の心を凌駕している。
この気持ちは誰にも悟られたくない。
そっとそっと抱きしめて、大事に大事にしまっておこう。







*後書き*

何か私の書くヒロインは大人しい子が多いなーと思いました。
そんな子も好きですが、私は基本的に気の強いオナゴが好みですー。





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