『一日恋人体験』





その少年がのクラスに転校してきた時から、は彼に恋をしていた。

彼は他の男の子とはどこか違う雰囲気を持っていた。

いつでもユルイ笑みを浮かべていて、目が合っただけでの鼓動は速くなった。

初めての恋、だったのだ。

この気持ちをこれから先、ゆっくりと温めていこう。

そう思っていたのに。

ほどなくして、再びのクラスに転校生がやって来た。

今度は綺麗で気の強そうな少女だった。

何故か二人は面識があるらしく、よく話をしていた。

二人で一緒に下校している姿も見かけた。

嫌な予感がして、は彼と一番仲の良さそうなクラスメートのまん太に、

思い切って尋ねてみた。



「ああ、アンナさんはね、葉くんの許嫁なんだよ」



事実は想像していたよりもずっと残酷。

幼なじみ、あるいは付き合っているのかも、とは思っていたけど。

許嫁とは将来を誓い合っているということではないか。

葉と出会った時から、いや、出会う前から、この恋は叶わぬものとさだめられていたのか。

の胸がズキズキと疼きだす。

この恋に結末をつけよう、はそう決意した。

このまま苦しい恋心を胸に秘め続けるのは、あまりに辛すぎるから。

この恋を終わらせる為に、は葉に声をかけた。



「葉くん、ちょっといい?」

「おお、いいぞ」

「ここじゃ話しにくいから・・・」



そう言って人気のない校舎の裏まで連れ出して。



「あのね、葉くんにお願いがあるんだ」

「オイラに?何だ?」



精一杯、勇気を振り絞って。



「あたしを・・・葉くんの恋人にして下さい!」



想像はしていたが、葉は呆気に取られて言葉も出ない様だった。



「恋・・・人・・・?」

「あ、あのね、恋人って言っても一日だけでいいの!

 一日だけ、葉くんの恋人気分を味わってみたくって・・・」



はさらに言葉を続けた。



「あたし、初めて会ったときから葉くんのことが好きだったの。

 もっともっと葉くんのことを知って、あたしのことも知ってもらって、

 そしていつか告白しようって思ってた。けど・・・アンナちゃん・・・

 許嫁だって聞いて・・・。だからあたし、この気持ちにけじめをつけようと思って」



は必死だった。

頬は熱く、心臓は口から飛び出しそうだ。

緊張のあまり手には汗をかき、瞳にはうっすらと涙が浮かぶ。

こんな大胆なことを自分が言うとは、思ってもみなかった。

一日だけでも葉の恋人になれたら、この想いを諦めることが出来る気がした。

だからただ一日だけ、無茶な願いとは知りながらも、葉に切り出してみたのだ。



「お前は・・・本当にそれでいいのか?」



葉がいつになく真剣な表情でにそう問うた。

葉の表情は心なしか、少し苦しそうに見えた。



「もちろん。望みが叶ったら、あたしは葉くんに対する未練を断ち切ることができると思うから」

「そっか」



ふっと葉が表情を崩した。



「おめーがいいなら、オイラは構わんさ。一日くらいならアンナにもバレんだろうし」

「本当!?ありがとう葉くん!」



そうして今週の週末、は葉の一日だけの恋人となった。




朝早く起きて、顔を洗って、丁寧に髪をくしけずって。

少しでも可愛く見えるように。

念入りに身だしなみをチェックして、は出かけた。

二人は一緒に遊園地に行った。

ジェットコースターにコーヒーカップにメリーゴーランド。

お化け屋敷では全くお化けを怖がらない葉がとても頼もしかった。

今まで葉と二人きりになったことなど無かったが、葉とは自然に話すことが出来た。

葉は優しくて、楽しくて、傍にいるのが心地よかった。

ただただ夢のように時は過ぎていって、このまま時が止まればいいと何度も思った。



「そろそろ帰るか」



聞きたくなかった葉の言葉。

帰りたくない。

いつまでも二人でここにいたい。

けれでも最初に「一日だけ」と言い出したのはなのだから。

それはわかってるけど、でも・・・。


・・・?」


思いつめたような表情をしていたに、葉が心配そうに声をかけた。

その温かな声に、は意を決して葉の顔を見つめた。



「葉くん、今日はありがとう。本当に楽しかった」

「そうか、良かった。オイラもすっげー楽しかったぞ」

「ほんと?」

「ああ、もちろんさ」

「それじゃあ最後に一つ、お願い聞いてもらってもいい?」

「何だ?」



は消え入りそうな声でそっと言った。



「キス・・・して」

「・・・ダメだ。それは出来ねぇ」



必死のの申し出に、葉はそう告げた。

葉の表情は硬く、口調ははっきりとしていた。



「どうしても・・・?」

「どうしてもだ」



葉の表情は変わらない。



「何で・・・?今日だけ恋人になってくれるって言ったじゃない!?

 これが最後のお願いだから・・・ねえ・・・葉くん・・・」

「アイツが・・・悲しむから」



葉はポツリとこぼした。

名前を言わなくたって誰のことかわかる。



「アンナちゃんね?でも許嫁って言ったって形だけなんじゃないの?

 葉くんの意思で決めた訳じゃ・・・」

「ああ、確かに麻倉家が決めた。けどオイラは・・・アイツの泣くところはもう見たくないんよ」

「アンナちゃん・・・泣きそうになんか」

「アイツは人前では泣かない。意地っ張りだかんな」

「でも」

「・・・今日はホントに楽しかったぞ。一日お前といて、お前のことを知って、

 オイラけっこうお前のことが好きになった。だからこれ以上はもう言わねぇ。じゃあ・・・な」



そう言って葉はいつものユルイ笑みを浮かべると、に背を向けた。

これ以上話していてもが傷つくだけだから、との葉の気遣いなのだとわかった。


『一日だけの恋人』


初めからその条件だったはずだ。

わかっていたのにこんなにも胸が苦しいのは何故だろう。

けじめをつけられるなんて・・・未練を断ち切れるなんて嘘だった。

今まで以上に葉のことを知って、余計に好きになっただけだった。

だから葉はが告白した時に、苦しそうな表情をしたのだ。

は自分の愚かさを知った。

それでもこの気持ちに後悔は無かった。

恋は叶わなかったけれど、苦く切ない想いを残したけれど。

それでも葉のことを想っているときはとても幸せな気持ちになれたから。



(ありがとう・・・葉くん)



一日だけの私の恋人。









*後書き*
私は大抵公式カプ(葉アン)推奨のため、
リクエストでもされない限り、大体葉ドリは片思い系です。
それにしても後味の悪いドリーム・・・





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